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    カテゴリ:芸能関係 > タレント


    「もういいかげんにしろよ!」 中川翔子、Twitterでの“ウソつき”呼ばわりに憤激「一生言われるから腹立つ


    中川 翔子(なかがわ しょうこ、1985年5月5日 - )は、日本のバラエティアイドル、マルチタレント。所属事務所はワタナベエンターテインメント。所属レーベルはSony Records。 『しょこたん』の愛称で知られ、2004年11月に開始したブログ「しょこたん☆ぶろぐ」で人気を博し、2006年に
    141キロバイト (15,103 語) - 2021年7月26日 (月) 20:56


    タレントの中川翔子さんが7月28日にYouTubeチャンネル「中川翔子の『ヲ』」を更新。自身を“嘘つき”呼ばわりする一部ネットユーザーに「ホント風評被害だよね!」と怒りをぶつけています。

     カップヌードルチャーハンを食べながら、明るい調子でエゴサ企画に挑戦していた中川さん。検索で引っ掛かったまとめ記事の画像にツッコミを入れたり、人気格闘家YouTuberの朝倉海さんとコラボした動画への感想に喜んだりするなど楽しいひとときを楽しんだ後、いきなり顔をしかめて「コレ、多いんですよね~」と1つのツイートを紹介します。

     ピックアップされたツイートには「明らかな嘘をやたらめったらつく」などと書かれており、中川さんは「……アナタ何を仰ってるの?」「誰のことを言ってるんですか? って」と憤まんやるかたない様子でコメント。“根強いアンチのすごいウソ”として、ファンクラブの麻雀イベントで香港に行った際のエピソードを取り上げます。

     中川さんが訪問した先では、牌が卓に役満の形で並べてあり、ファンサービスも兼ねてツモったフリをしてみせたとのこと。そのときの画像をユーモアのつもりでTwitterに載せたところ、「ウソをついて役満上がってる」と言われて大炎上したそうです。

     当時の出来事を「説明が足りなかったのも悪いかもしれない」と反省する一方で、これまでの不快な過去まで思い出してしまったのか「一生言われるから腹立って」「一生懸命お仕事してもカバーしきれない」「ずっと真実と違うことで傷をえぐられたまま生きてるから、ホントたまにイヤになる……」とヒートアップ。

     自身を嘘つきだとしたツイートに「この人だって拡散されたウソのネットニュース見て、『そうなんだ』って思って生きてるわけじゃないですか!?」とコメントし、カメラに向かって「もういいかげんにしろよ!」と怒りをぶちまけていました。

     動画が終盤に入ったところで、気持ちを何とか落ち着かせた中川さん。「結構エゴサはしてるんで、皆さん悪口より、『楽しかった♪』を書いてくれたらすっごいうれしいです!」「お互いにハッピーをいっぱい書き残しておこうね!」と明るい口調でお願いしていました。

    ねとらぼ

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    小島瑠璃子の破局トークに「これはダメ」 ぶっちゃけ連発に賛否「相手の事考えないで話すのは...」


    小島瑠璃子の破局トークに「これはダメ」 ぶっちゃけ連発に賛否「相手の事考えないで話すのは...」
     2021年7月26日に放送された「霜降りミキXIT」(TBS系)に、タレントの小島瑠璃子さんが出演。交際が報じられていた大人気漫画「キングダム」の…
    (出典:J-CASTニュース)


    小島 瑠璃子(こじま るりこ、1993年〈平成5年〉12月23日 - )は、日本のバラエティタレント、司会者、グラビアモデル、スポーツキャスター。ホリプロ所属。 千葉県市原市出身。 2009年、第34回ホリプロタレントスカウトキャラバンで3万3910人の中からグランプリ受賞。同年10月25日、ホリプ
    41キロバイト (5,490 語) - 2021年7月20日 (火) 03:48


    2021年7月26日に放送された「霜降りミキXIT」(TBS系)に、タレントの小島瑠璃子さんが出演。交際が報じられていた大人気漫画「キングダム」の作者・原泰久さんとの破局を告白し、早くも赤裸々に恋愛トークする姿に、視聴者から賛否の声があがっている。

    ■「お別れをしました」

     今回、番組では「小島瑠璃子が今話したい20のコト」と題して、小島さんが番組メンバーと本音で語り合いたいテーマを選出。「将来、誰のポジションを狙ってる?」といった仕事系の話から、「正直、どれくらい稼いでる?」といったリアルなお金の話など、雑多なテーマがあるなか、話題は「結婚の条件は?」というテーマに。

     番組MCのお笑いコンビ「霜降り明星」粗品さんから、「キングダムの人とは結婚するんですか?」とぶっ込まれると、小島さんは

    「お別れをしました」
      「1年くらい付き合ったんですけど...」

    と報告。この日の収録が破局が明らかになる前だったことから、スタジオメンバーは総立ちで驚く。

    赤裸々トークに賛否「こじるりのファンだけどこれは...」
     「なにが原因?」との問いに、「やっぱり遠距離恋愛だったのもあるし、年齢にも差がある(19歳差)し、『乗り越えられたらいいな』と思って始まったけど乗り越えられないものがありました」と複雑な表情でキッパリと明かし、今後の結婚について

    「今の1、2年焦るよりもほんとにゆっくりいい人がいいなと思ってます。35、36、37、あと10年くらいの間に...」

    と展望を語るのだった。

     こうした等身大の恋愛トークをした小島さんに対し、視聴者からは

    「こじるり、あっけらかんとしてていいな」
      「大暴露しとるやん バラドルとして覚悟決めるのええと思うで」

    などとエールを送る声があがる一方で、

    「これ以上この件に関しては発言しない方がいいよ... 相手には奥さんやお子さんもいたのだから。 こじるりのファンだけどこれはダメだと思う」
      「あんまり破局の話せんでいい 相手は『キングダム』の先生だよ。キングダムに影響なんてないけど。それでも相手の事考えないで話すのはちょっと...」

    などと相手がある話がゆえに厳しい指摘もあがっている。

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    三代目JSB山下健二郎と朝比奈彩が電撃結婚 交際2年


    三代目JSB山下健二郎と朝比奈彩が電撃結婚 交際2年
     三代目 J SOUL BROTHERSの山下健二郎(36)と女優でモデルの朝比奈彩(27)が結婚したと26日、所属事務所を通じて電撃発表した。関係…
    (出典:スポーツ報知)


    三代目 J SOUL BROTHERSの山下健二郎(36)と女優でモデルの朝比奈彩(27)が結婚したと26日、所属事務所を通じて電撃発表した。関係者によると、交際期間は約2年で、挙式は未定。婚姻届は山下が1人で提出した。朝比奈は妊娠していないという。

     山下と朝比奈は署名部分が直筆のファクスで結婚を発表。「お互いの共通点が多く、笑顔になる時間が増え自然と惹(ひ)かれあいました」と自然の流れで夫婦になったことを報告し「これからは家族としてお互いの人生が楽しくなるように協力し合いながら素敵な家庭を築いていきたい思います」とつづった。

     三代目では、ELLYがコスメブランドのクリエイティブディレクター・MEGBABYとの間に長男が誕生しているが、結婚はしていない。三代目の中で結婚第1号となった山下は27日に火曜日パーソナリティーを務める日本テレビ系情報番組「ZIP!」に生出演する予定。幸せな報告が聞けそうだ

     ◆山下 健二郎(やました・けんじろう)1985年5月24日、京都府生まれ。36歳。高校卒業後、USJでダンサーをしている時にEXILEのライブのバックダンサーとして出演したのがきっかけでEXPG大阪校に入所。2010年、劇団EXILE風組に加入。同年、三代目J Soul Brothersメンバーに。11年、日テレ系「ろくでなしBLUES」でドラマデビュー。18年から「ZIP!」の火曜日パーソナリティーに。身長179センチ。

     ◆朝比奈 彩(あさひな・あや)1993年10月6日、兵庫県洲本市生まれ。27歳。14年にDHCシンデレラアワードグランプリ、14代目三愛水着イメージガールに選ばれ、女性向け雑誌「Ray」の専属モデルに就任する。17年、Amazonオリジナルドラマ「東京アリス」で女優デビュー。19年、テレビ朝日系「ランウェイ24」で連ドラ初主演を飾った。

    報知新聞社

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    石橋貴明と鈴木保奈美が離婚、前妻「2人をぶん殴りたい」語っていた本音


    石橋貴明と鈴木保奈美が離婚、前妻「2人をぶん殴りたい」語っていた本音
     7月16日、「とんねるず」石橋貴明と鈴木保奈美が、石橋のYouTubeチャンネルで離婚を発表した。1998年に“バツイチ”同士で再婚、その後に3女…
    (出典:週刊女性PRIME)


    鈴木 保奈美(すずき ほなみ、1966年8月14日 - )は、日本の女優。本名、鈴木 保奈美(すずき ほなみ)。東京都出身。アライバル所属。元夫はお笑いタレントの石橋貴明(とんねるず)。 東京都大田区生まれ、神奈川県茅ヶ崎市育ち。神奈川県立鎌倉高等学校卒業、成城大学文芸学部中退。身長160cm。
    28キロバイト (3,453 語) - 2021年7月20日 (火) 06:07


    7月16日、「とんねるず」石橋貴明と鈴木保奈美が、石橋のYouTubeチャンネルで離婚を発表した。1998年に“バツイチ”同士で再婚、その後に3女を授かるなど幸せそうに見えた2人だが、“不倫略奪愛”から23年間で夫婦生活にピリオドを打った。

    夫婦関係は解消されるも、保奈美は石橋が社長を務める『アライバル』に今後も女優として所属し続けるようだ。

    「1994年にモータージャーナリストの川井一仁氏と電撃入籍するも、婚姻中に自宅とは別のマンションに引っ越したりと早々に“仮面夫婦”説が流れるなど、3年もたたずに離婚した保奈美。

     結婚前にはテレビ局プロデューサーの既婚男性との“不倫”も報じられていただけに、一部ではこの男性への“あてつけ”ともされた初婚でした。そんな騒動もさめやらぬまま、石橋と再婚と、“魔性ぶりは健在”と言われたものです」(スポーツ紙芸能デスク)

     一方の石橋だ。再婚発表のわずか2週間前、1998年10月に元モデル妻のMさんと離婚が成立している。保奈美とは妊娠3か月の“デキちゃった婚”だった。

    「意気揚々と結婚会見に臨んだタカさんでしたが、保奈美との出会いや交際期間に話が及ぶと急にしどろもどろになったり、ギャグでごまかそうとする場面もありました。そりゃあ、そうでしょう。Mさんとは2週間前に“別れた”ばかりなんですから(苦笑)。

     とはいえ、前妻とは早々に別居をして“離婚宣言”をしていただけに、お金の問題でもめていたとの見方です。保奈美の妊娠がスクープされる前に決着をつけたいという思惑もあったのでは?」(スポーツ紙芸能デスク)

    石橋の前妻が語っていたこと
     この時の会見では、石橋の浮気を危惧する質問も向けられたのだが、苦笑いする彼の横で不敵な笑みを浮かべて《私がいるから大丈夫でしょう》と言い放った保奈美。

     まるで“彼は私の手中にある”とでも言わんばかりの自信に満ちた笑みに当時、反応したのが石橋の元妻Mさんだ。石橋の再婚をテレビの“臨時ニュース”で知ったという彼女は、90分にわたる独占インタビュー(『週刊女性』1998年12月8日号)に応えたのだった。

    その中でも、特に彼女が怒りを見せていたのが離婚成立を急いでいた石橋の行動。《不倫だったんですよね》と肩を落としたMさんは続けて、

    《離婚してから(保奈美との関係を)わかったって遅いんですよね。やられたという気持ち。むしろ母としての立場で、腹が立ちます。主人と保奈美さんの2人がここにいたなら、ぶん殴ってますよ。なぜ、もうちょっと時期、時間をおかないの!》

     石橋と保奈美の関係を知ることなく、要求されるがままに離婚届に判を押していたというMさん。仮に夫婦生活の破綻が“夫の浮気”であれば、支払うお金にも多少なりの影響が出たと思われるだけに、「やられた」Mさんに対して、「してやったり」の保奈美だったのだろうか。

    「昨年から高級マンションを購入したり、個人事務所を設立したりと離婚に向けて“準備”をしてきた保奈美さん。仮に今回の離婚が彼女による一方的なものだとしたら、タカさんとしては生きた心地がしなかった数か月だったことでしょう。結婚を機に引退した妻を大事にしてきたはずですが、奔放ぶりも健在だということ(苦笑)」(芸能リポーター)

     石橋とMさんとの間に生まれた長女で女優の石橋穂乃香(旧芸名・穂のか)は、奇しくも1か月前の「父の日」に《ハピハピファザーズデイ》と、幼い自分とプールで遊ぶ父娘の写真をインスタグラムに投稿。同じく、インスタには若かりし頃の、そして若々しい現在のMさんの姿もあった。彼女は今の前夫を見て何を思うかーー。

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    石黒彩が振り返る、出産直後の孤独「泣きながらベビーカーを引くことも……」


    石黒彩が振り返る、出産直後の孤独「泣きながらベビーカーを引くことも……」
    …石黒彩、43歳。彼女はトップアイドルから突然母になった。19歳でモーニング娘。としてデビューし、出産や育児を経て、今ではすっかり「ママタレント」とし…
    (出典:BuzzFeed Japan)


    石黒 (いしぐろ あや、1978年5月12日 - )は、日本のタレントである。北海道札幌市中央区出身。有限会社ココナッツカンパニー、クラッチ.(業務提携)所属。元モーニング娘。の1期メンバー。夫はLUNA SEAの真矢。 服飾関係の道を選びモーニング娘。を卒業。その後、LUNA
    11キロバイト (1,134 語) - 2021年4月2日 (金) 15:21


    石黒彩、43歳。彼女はトップアイドルから突然母になった。19歳でモーニング娘。としてデビューし、出産や育児を経て、今ではすっかり「ママタレント」としての地位を確立した。当初は、育児が思うようにいかず涙を流すこともあれば、子どもがいることを理由に仕事を断られることもあったという──。【BuzzFeed Japan / 嘉島唯】

    ──「LOVEマシーン」がヒットした直後に卒業して、すぐにLUNA SEAの真矢さんと結婚されて、出産して……生活の変化についていけましたか?

    当時私は22歳で旦那は30歳。旦那さんも忙しい人だから、付き合っている時は事実婚でもいいんじゃないかと思っていたぐらいだったんですけど、子どもができているのとがわかったので、結婚を決めました。

    子どもの頃は「若いママになりたい」と漠然と夢みていたけど、あまりに急だったので、その変化についていけてなかった。

    私は19歳のときに札幌から東京に出てきて、アイドルしかやってこなかったから、一般常識も全然なかったんですよ。

    ガングロのギャルが、急に世田谷住まいのママになってしまった。母子手帳のもらい方すらわからなくて、旦那が私のかわりに受け取りに行ってくれたぐらいです。

    しかも、当時のモーニング娘。って、タレントさんにはあいさつ以外しちゃいけないルールがあったし、楽屋に入ったら携帯も禁止だったので、芸能界にもメンバーしか友だちがいなかったんです。世間も知らないし、友だちもいない。

    ──孤独……。

    そうですね。子どもは可愛いし旦那さんも好きだし、幸せといえば幸せだったんですけど、結婚するまでは自分のためだけに生きてきたから、すべてが奪われる感じがして……。

    ──奪われる、とは?

    赤ちゃんを1人で育ててると、椅子に座ることも、台所に行ってお茶を飲みに行くことすら厳しいんですよ。

    私は、仕事でもプライベートでも遅刻をしたこともなかったし、やるべきことは全部きっちりやる性格だったんですけど、子どもがいると思い通りに行くことのほうが少ない。

    例えば、3時に待ち合わせをして、そのために準備をしても、2時55分にトラブルが起きるんですよ。それを受け入れるまで時間がかかった。

    ──「ワンオペ育児」という言葉も当時はなかったですもんね。

    赤ちゃんって突然大声で泣くから、外に出るのが怖かった時期もありました。ミルクもあげたし、おむつもピカピカで、お風呂も入れたし……泣いてる理由がわからない。そうすると生活用品も買いに行けなくなっちゃう。

    泣き止まないから一日中抱っこしている日もあるし、夜に全然寝てくれなくて、家の周りをベビーカーで歩き回ることも多かったです。もう、私のほうが泣いちゃいながら。

    ママ友のナンパでワンオペ育児の闇から抜ける
    石黒彩

    ──つらい時期をどうやって乗り越えたんでしょうか?

    ひとつは、完璧主義をやめたことですね。つらいと言いつつ、過保護だったんだと思います。いつでも手をつないであげて、着替えも全部やってあげて、常に神経を研ぎ澄ませてました。

    ──過保護をやめたきっかけは?

    長女が1歳ぐらいのときに次女を妊娠したんですが、つわりが本当にひどくて、起き上がれなくなっちゃったんです。これまで、何でも手助けしていたのに、全然かまってあげられなくなってしまった。

    ──満身創痍。

    最初こそ、娘はギャンギャン泣いてたんですけど、私の状態に気がついたのか、ちょっと頑張るようになってきたんです。だんだんと無駄泣きがなくなって、自主性が出てきた。

    長女のたくましい姿を見て「今まで私はやりすぎてたんだ」と気がついて、2人目、3人目の子たちは過保護をやめました。命に関わらないレベルのことだったら、なるべく自由にやらせてあげる。そうすると、肩の力が抜けていきました。

    あと、ママ友ができたのも大きかったです。

    ──ママ友になったのは、一般の方ですか?

    そうです。私は近所の総合病院で出産したんですけど、入院中に通う授乳室で一緒になったママをスーパーで見かけて「一緒だったよね!?」って声をかけて。

    ──石黒さんに声をかけられたら驚いちゃいそうですが。

    声をかけるのは、勇気がいりましたけど、たまたま彼女が、私のことを知らなかったみたいで。

    ──そんなことあるんですね。

    私がモーニング娘。として活動しているときは、彼女はすでに会社員で、忙しくてテレビや雑誌をチェックする余裕がなかったみたい。後で「石黒彩」の存在を知って驚いてました(笑)

    あともうひとり、スーパーでナンパしてママ友になりましたね。彼女も茶髪で肌が黒くて、着てる服のテイストがROXYっぽくて、私好みだった。「絶対に話があうぞ」と思って「友だちになってくれませんか?」って声をかけました。

    そのママ友2人は、子どもの月齢も近いから悩みも一緒で、困ったときは電話したり、一緒にご飯を食べたり、子ども同士で遊ばせて親は隙を見て交代で眠ったりしてました。

    友だちのおかげで育児の闇から抜けられました

    ──石黒さんが仕事に復帰したのは、2003年ですよね。なぜまた仕事をするようになったんですか?

    上の子が3歳、真ん中の子が1歳のときに復帰しました。子育てが少し落ち着いたタイミングでした。

    復帰しようと思ったのは、私が育児本に書いてあることを全然実践できなかったから、「ダメなママだっているぞ」っていうことを発信したくて。今みたいにSNSがなかったので、本を書こう、ブログをやろうと。

    ──「ダメなママ」とは?

    例えば育児本を読むと、「3時間毎に授乳しましょう」「お風呂も同じ時間に入れましょう」「夜に泣いたら母性をもって抱きしめてあげましょう」みたいな真面目なことしか書いてない。

    でも、実践するのは本当に難しい。赤ちゃんが寝るタイミングは毎日バラバラだし、深夜は私だって眠いし疲れるし、憂鬱な気分にもなる。育児本に書いてあることが全然できなくて、劣等感に苛まれてました。「私ってダメなママなのかな?」って。

    育児本の通りに子育てはできていないけど、子どもはちゃんと元気に大きくなる。「疲れたときはベビーシッターに預けて休もう」とか「お弁当は全部手作りじゃなくても大丈夫」ということを発信して、誰かの肩の荷をおろせればと思いました。

    頑張りすぎるより、ちょっと手を抜いたほうが、逆に子育ては楽しくなりますから。

    玄関でエナジードリンクを飲んで家に帰る
    石黒彩

    ──育児しながら仕事するのってかなりハードに見えますが、つらくなかったですか?

    とにかく仕事がしたかった。仕事は自分が「石黒彩」という個人に戻れる時間だし、家にいるほうが疲れるんですよ。

    ──家って、リラックスできる場所のイメージがありますが……。

    家にいるだけで、台所には洗い物が溜まっていくし、ゴミも出るから忙しいんですよ。ずっと「あれやらなきゃ、これやらなきゃ」という状態になってます。

    仕事場は逆で、常に周りに人がいるから誰かに頼れるじゃないですか。メイクしてもらってるときは、座れますし。

    ──家にいると、座ることもままならない。

    そうそう。歌ったり踊ったりするのは別ですが、基本的に番組収録は家にいるより疲れません。お仕事がやすらぎの時間。仕事で元気をチャージして、家に帰ってます。

    家の前でエナジードリンクを一気飲みしてから、「ただいまー!」ってドアを開けることもありますよ(笑)

    ──育児と仕事を両立しているとはいえ、復帰した当初は、受けられない仕事も多かったと聞きました。

    そうですね。子どもがいることで仕事を断られたりもしました。「ドラマ収録を近くでしてるから、子どもは連れてきてもいいけど、絶対に泣かせないでください」とかね。不可能じゃないですか。

    当時は「ママタレ」という言葉もまだ一般的ではなかったですし、育児に対する認識が共有されてなかったので、どう扱って良いのかわからなかったんだと思います。仕事の現場に家庭を持ち込むのは問題外、という空気がありましたね。

    ──そういう中で、どうやって育児と仕事を両立させたんですか。

    仕事を再開した当初はやっぱり大変だったんですけど、マネージャーさんが理解のある方でとても助けられました。番組収録の間に楽屋で子どもを見てもらったり、ロケバスの中で遊んでもらったり。シッターさんに頼ることも多かったです。 

    三船美佳ちゃんと共演したときに、初めて仕事現場に赤ちゃんを連れてるタレントさんに出会ったんですよ。お互いメイクしながら授乳したりして、「やっと仲間が増えた!」って思いました。

    ──いつぐらいでしょうか?

    3人目の子どもが生まれた時ぐらいだったので、2004年頃ですかね。

    だんだんと「ママタレ」という仕事も確立して、テレビで育児のことを話したり、講演をすることも増えてきて、空気が変わっていきました。

    オファーがあったときに「お子さんは一緒に来られますか? 控え室は和室にしますね」と言われてすごく感動したのを覚えています。

    世の中でも働きながら子育てをする人が一般的になってきたのが大きかったんだと思います。

    ──孤独な育児初期から比べると、社会もすごく変わりましたよね。

    そうそう。合わせて私も意識が変わりました。昔は、育児も家事も全部をきっちりこなさなきゃって思っていたんです。自分が仕事で家をあけるときは、寝ないで作り置きを用意したり、家も常に整った状態にしなきゃって思っていて。

    その切羽詰まった状態を見て、子どもから「ごはんはカップ麺でいいからママが笑っていて欲しい」「ママが楽しそうじゃないから、そんなに頑張らなくてもいい」って言われたこともあります。

    ──母親思い……!

    ある程度、子どもたちが大きくなったときに言われたんですけど、小さいときからずっと思ってたんじゃないかな。何度も過保護をやめようと思っても、ついつい肩に力が入ってしまってた。

    冷凍食品をお弁当に入れるのも全然いいと思います。むしろ子どもたちは喜びますよ。うちの子は、占いグラタンが好きでよくリクエストされました。だって、食べ終わったら底に占いがでてくるんですよ? 最高ですよね。

    キャラ弁を一生懸命作っていた時期もありましたけど、「キャラクターの顔にフォーク刺すのが気が引けるから……」と言われたこともあります。

    子どもを育てながら仕事をして、もうすぐ20年になりますけれど、気を抜いてもいいってことを伝えていきたいですね。育児や家事に100%労力をさける人もいれば、そうじゃない人もいるし、子どもだって親からの過保護を必ず求めているわけでもないですから。

    子どもたちはすっかり手がかからなくなって、長女はもう働いてます。ダメなママでも、忙しいママでも子どもたちはすくすく育つんです。

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