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    カテゴリ:芸能関係 > 芸人


    明石家さんまの“元相方”がイベント話の詐欺で逮捕 兄弟子の哀しい転落人生


    明石家さんまの“元相方”がイベント話の詐欺で逮捕 兄弟子の哀しい転落人生
     ステージにたったひとりで立ち、会場を爆笑の渦に包み込む。日本を代表する最強のピン芸人の隣には、かつて相方がいた。いまから45年前、1本のマイクを前…
    (出典:NEWSポストセブン)


    明石家 さんま(あかしや さんま、1955年〈昭和30年〉7月1日 - )は、日本のお笑いタレント、テレビ司会者。本名は杉本 高文(すぎもと たかふみ)。番組企画や構成等では、本名名義でクレジットされることもある。吉本興業所属。 和歌山県東牟婁郡古座町(現在の串本町)生まれ、奈良県奈良市出身。
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    ステージにたったひとりで立ち、会場を爆笑の渦に包み込む。日本を代表する最強のピン芸人の隣には、かつて相方がいた。いまから45年前、1本のマイクを前に交差した2人の人生は、その後、非情なコントラストで分け隔てられていた──。

    収録開始のほんの数分前に、その日のゲストが誰かを伝えられ、直後には硬軟織り交ぜたトーク術と話題の引き出しでスタジオを爆笑の渦に誘う。台本はもちろん、ない。そんなスタイルで、明石家さんま(66才)は30年以上も自身の冠番組である『さんまのまんま』(関西テレビ・フジテレビ系)を続けてきた。どんなに芸歴の長い芸人でも、誰にも真似できない唯一無二の“芸当”だ。そんな伝説に事欠かないさんまは“べしゃり”を武器に、「お笑い怪獣」として芸能界の頂点に君臨して久しい。

     だが、さんまがタモリ(76才)、ビートたけし(75才)とともに「BIG3」と呼ばれるずっと前に、お笑いコンビを組んでいたことはあまり知られていない。さんまの口から語られることもない。

     1974年、高校3年生だったさんまは落語家の笑福亭松之助さん(享年93)に弟子入りした。当時は同期の島田紳助さん(66才)と一緒に行動し、切磋琢磨する関係だった。

    「来た仕事はなんでも引き受けていたそうです。口グセは2人とも“売れたい売れたい”。でも、駆け出しの頃は目立った仕事もないし、当然食べていけない。そんなときにさんまさんに舞い込んだのが、兄弟子とコンビを組んでのテレビ出演オファー。たしか1976年から1977年頃のことです。ピン志向のさんまさんにとって本意ではなかったでしょうが、師匠のすすめもあり、出演を決めた」(テレビ局関係者)

     さんまが“組まされた”相方が明石家小禄。本名・高橋平明(72才)だった。

     時計の針を一旦、現代に戻す。その高橋が5月19日に詐欺容疑で逮捕された。警察によると、高橋容疑者は2020年、知人の男性に架空のイベント話をもちかけ、200万円をだまし取ったという。典型的な「寸借詐欺」だ。いまなお輝き続けるさんまとは対照的に、元相方は哀しい末路をたどっていた──。

    スポーツ選手の「形態模写」
     当時を知る落語家の笑福亭松枝(71才)が回想する。

    「小禄はさんまの兄弟子だけど、数か月違うだけでほぼ同期だった。落語の腕はそこそこやったけど、ステージ上での司会進行がうまくて、アドリブで返したりするのは抜群やった。営業先なんかでは重宝されていました」

     その確かな手腕は、さんまとのコンビ芸でも発揮された。テレビ番組の収録の際、メイン芸人の到着が遅れて“前説”の時間が延びても、堂々たるアドリブで客席を盛り上げ、見事に間をつないだこともあったという。さんまはそんな兄弟子のそばで、着実に技術を磨いていった。なかでも、さんまの芸人人生に大きな影響を与えたのが「形態模写」、つまりものまねだ。

    「落語が低迷していた時代だったこともあって、落語家もいろんな芸に挑戦していた。そんななかでも、小禄さんの相撲の形態模写がすごくウケたんです。北の湖や初代貴ノ花とかね。その横でさんまさんもプロ野球選手の形態模写をして笑いをとる。特にウケたのは、当時巨人にいたピッチャーの小林繁さんでした。

     関西での人気も徐々に高まり、全国ネットの番組で形態模写を披露したことで名前が広く知られるようになった。さんまさんのブレークのきっかけは、この形態模写にありました」(前出・テレビ局関係者)

     コンビの活躍は吉本興業の目にとまった。そこで正式にお笑いコンビとしてデビューすることを提案されたが、さんまは一蹴したという。

    「“すぐにでもひとりでやりたい”と言って、さんまさんは固辞。結局、2人が組んでいたのはわずかな期間でした」(前出・テレビ局関係者)

     コンビ解消後、さんまは1977年に人気番組『ヤングおー!おー!』(毎日放送)に出演して知名度を上げ、1980年代に入っても『笑ってる場合ですよ!』や『オレたちひょうきん族』(ともにフジテレビ系)の主要メンバーとして人気を博し、お笑い芸人としての地位を確固たるものにしていった。一方、小禄は満足いく結果を残せずにいた。

    「芸能の仕事は細々と続けていきつつ、副業として京都でスナックを経営していたそうです。その間、吉本に内緒で後輩芸人のマネジメントをしたり、“とっ払い”の仕事を受けていた。いまでいう“闇営業”ですね。それがバレて、吉本をクビになったと聞いています」(芸能関係者)

     同時期に小禄は松之助さんに破門されている。前出の松枝は「お金でしくじって破門になったと聞いている」と明かす。そんな小禄は1994年にも、詐欺の疑いで逮捕されていた。今回とは金額があまりにも違う“巨額詐欺”だ。

    「母親の内縁の夫が亡くなった際、6人の知人に“葬儀代が払えないので貸してほしい。香典で返す”と頼み、総額2000万円ほどだまし取った疑いです。それだけじゃありません。その少し前には、経営していたイベント会社で、“おれはさんまの兄弟子やから、坂田利夫さんや山田スミ子さんを呼べる”という口上で、着物展示販売ショーを企画。数十人の出資者から10億円近くを集めましたが、客が思うように集まらず経営不振に。出資者から損害賠償請求され、詐欺罪での告訴も検討されていたようです。結果、自己破産しました」(全国紙社会部記者)

     地元である京都でも大阪でも活動できなくなった小禄は、1996年、母親の生家のある岐阜県に移り住んだ。岐阜市内にスナックを開き、再びイベント会社を設立したが、やることは変わらなかった。

    「2006年には地元の知人10人以上から約1億5000万円を借り、行方をくらましていました。ここでも“さんまの元相方だ”“北島三郎にツテがある”と言葉巧みに口説いていたそうです」(前出・芸能関係者)

     転落人生を送る小禄とは裏腹に、その間、さんまは『男女7人夏物語』(1986年・TBS系)などのトレンディードラマに主演し、俳優としても一世を風靡。『さんまのからくりTV』(1992年・TBS系)や『恋のから騒ぎ』(1994年・日本テレビ系)などのMC番組をスタートした。さんまはかつて「60才くらいで引退する」と宣言したこともあったが、盛衰の激しい芸能界で、66才になったいまも第一線に立っている。

    警察が出勤した「夫婦げんか」
     最近まで小禄は、岐阜市内の住宅街にあるマンションで暮らしていたという。近隣住民が語る。

    「60代ぐらいの奥さんらしき女性とのふたり暮らしでした。小柄で白髪交じりの短髪で、眼鏡をかけてニコニコしているおじいさん。会うと“仕事が忙しいんだよ”と言っていましたね」

    “多忙”な小禄が外出する際には、女性はベランダから手を振っていたこともあった。

    「去年末ぐらいに、パトカーが来て、おまわりさんもゾロゾロと集まったことがあったんです。おまわりさんに聞いたら“夫婦げんかです”と。その一件以来、おじいさんの姿は見かけなくなりました」(近隣住民)

     関西から逃げ、逃げた先で受け入れてくれた女性からも逃げたのか──その約半年後の5月、姿を消していた小禄は名古屋で御用となった。45年前に同じステージに立ち、さんまがいまの地位を築くきっかけを作った小禄。しかし2人は、天国と地獄に続く、まったく正反対の道を歩んだ。かつての相方へ、さんまはどう“ツッコむ”のだろうか。

    ※女性セブン2022年6月9日号

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    キンコン西野亮廣、勝手に婚姻届出されていた「恐怖だよ。どうすりゃいいんですか?」


    キンコン西野亮廣、勝手に婚姻届出されていた「恐怖だよ。どうすりゃいいんですか?」
     16日放送のフジテレビ系情報番組「ポップUP!」(月~金曜・午前11時45分)では、お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣が自身のYouTubeチ…
    (出典:スポーツ報知)


    名前の「亮廣」は、『三国志』の「諸葛亮(しょかつりょう)」から「」という字をとった。父が大の三国志好きで、賢い子になるようにと付けた。「」は画数で縁起がいいからという理由から。「」は旧字体であるため、ネットニュースなどでは、新字体で「広」と表記されることがある。 2022年5月15日、西野
    39キロバイト (5,204 語) - 2022年5月15日 (日) 07:49


    16日放送のフジテレビ系情報番組「ポップUP!」(月~金曜・午前11時45分)では、お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣が自身のYouTubeチャンネルで勝手に婚姻届が出されていたことを明かしたことについて、冒頭で報じた。

     西野によると、東京・品川区役所の戸籍届出係から封書が届き、「今月2日に届け出がありました婚姻届について内容に不備がありましたので、受理ができない状況にあります」と書かれていたという。結婚した覚えもなく、「僕には結婚願望ないですよ」という西野は「誰かが出してるんですよ。僕との婚姻届を。どういうことなんですか、これ?」と困惑。

     さらに同時期に沖縄県に住む女性・山田花子さん(仮名)から西野の自宅住所が記載された手紙が届いたが、中は空。さらに「僕の家にもう1通、手紙が届いて。差出人の名前と住所が書いてあって、中に返信用の封筒が入っていて、『西野亮廣さん ありがとう』とだけ書いた紙が入っていた。僕が手紙を入れたら、山田花子さんに届くようになっているんですが(返信用の)封筒の名前が西野花子になっているんですよ」と明かした西野。

     「もう、籍が入っているから。この人の中では」と困惑の表情で話すと「恐怖だよ。どうすりゃいいんですか?」と続けた。

     「ずっと、仕事中も婚姻届のことが(頭の中で)回っちゃって仕事が手につかない。他にも変なことされていたらどうしようとか、いろいろ考えるじゃないですか?」と訴えた西野。

     同時期に届いた区役所からの通知と沖縄から届いた封筒に、この女性が勝手に婚姻届を提出したと見て、「弁護士などと相談しながら対応する」としている。

     また、今回の件について、番組の取材を受けた田村勇人弁護士は「西野さん名義の婚姻届を偽造した点について、有印私文書偽造罪。役所に出そうとする行為について、偽造私文書行使罪と公正証書原本不実記載などの罪の未遂罪が成立します。3か月以上5年以下の懲役の範囲で罰せられることになります」と話した。


    報知新聞社

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    有吉 上島さん葬儀 妻・ひかるさんの一言で「みんな最後の最後に爆笑」と明かす


    有吉 上島さん葬儀 妻・ひかるさんの一言で「みんな最後の最後に爆笑」と明かす
     タレントの有吉弘行が15日、JFN系ラジオ「有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER」に出演し、11日に61歳で急死したダチョウ倶楽部の…
    (出典:デイリースポーツ)


    有吉 弘行さんを起用】”. プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES. 2022年1月18日閲覧。 有吉弘行 『お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ「生き残りの法則50」』 双葉社、2012年。  - 加筆・訂正の
    77キロバイト (11,547 語) - 2022年5月14日 (土) 10:31


    タレントの有吉弘行が15日、JFN系ラジオ「有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER」に出演し、11日に61歳で急死したダチョウ倶楽部の上島竜兵さんの葬儀の様子などを語った。

    有吉は14日の密葬に「竜兵会」メンバーとともに参列したと報告。「家族」として通夜・葬儀に参列し火葬場にも同席した。

     葬儀では「笑っちゃうようなこと」もあったとし、「なんか上島さんの…葬式らしいな」と声を震わせながら語った。上島さんの妻・ひかるさんは気丈に喪主あいさつ。有吉は「ひかるさんらしくて。『竜さんが寅さん好きで』っていう話しをしようと思ってたんだけど、いきなり『寅さん死んじゃって』っつって。『あ、間違えた寅さんじゃないわ竜さんだって』いう話をして」と振り返った。「みんな最後の最後に爆笑して、『竜さんだか寅さんだか分かんないような感じですね』って話しをして。ひかるさんも最後まで笑ってて、いい葬式だなとか言ってたけど」と笑顔もまじえて上島さんを見送ったと語った。

     周囲の配慮で、上島さんと2人っきりにしてもらった時については「お礼の言葉しか出なかったね」としんみり。「ツッコんでやろうかなとか、ちゃかしたりとか『ばかだな』とか言おうと思ったけど、お礼しか出なかったね。本当にありがとうございますということしかなかった」と心からの感謝を伝えた。

     ★「日本いのちの電話」相談窓口★ 厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼びかけている。

     ◆ナビダイヤル0570・783・556(午前10・00~午後10・00)◆フリーダイヤル0120・783・556(毎日:午後4・00~9・00、毎月10日:午前8・00~翌日午前8・00)

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    『アンビリバボー』出演の清水圭、ブログで “芸能界引退” を宣言…所属事務所「吉本興業」も否定せず


    『アンビリバボー』出演の清水圭、ブログで “芸能界引退” を宣言…所属事務所「吉本興業」も否定せず
    …ションがなくなったという 誠に個人的で勝手な理由です》と記し、事実上の芸能界引退を明言していました。  そして、30年以上所属していた吉本興業のホーム…
    (出典:SmartFLASH)


    清水圭・和泉修(略称:・修)」を結成。同年7月には、新人の登竜門である今宮子供えびすマンザイ新人コンクールで優勝するなど、関西で多数のレギュラーを抱える人気コンビとなる。 1987年8月 - 1988年4月までニッポン放送のラジオ番組、「
    14キロバイト (1,520 語) - 2022年5月13日 (金) 12:57


    『奇跡体験!アンビリバボー』や『森田一義アワー 笑っていいとも!』(ともにフジテレビ系)など、人気番組に出演していたタレントの清水圭(60)。

    和泉修(59)と漫才コンビ「清水圭・和泉修」を結成すると、関西で絶大な人気を誇るコンビとして活躍。

     関西圏で『素敵!KEI-SHU5』(関西テレビ)といったコンビの冠番組を持つなか、清水は1993年ごろから東京に進出。ピン芸人としても活躍した。

     近年はテレビ番組への出演が少なくなっていたが、その清水が2022年4月28日にブログを更新した。

    「すでに削除されたブログ記事で清水さんは《モチベーションがなくなったという 誠に個人的で勝手な理由です》と記し、事実上の芸能界引退を明言していました。

     そして、30年以上所属していた吉本興業のホームページからも清水さんのプロフィールはひっそりと削除されました。しかし、まだその事実は業界内でも広く知られていないようです」(芸能記者)

    《ここからは本名の「しみずけいた」くんとして フツーのおっさんから、やがてフツーのおじいさんになるべく 地味に静かに、人生を過ごして行こうと決めました》

     削除されたブログ記事にこう綴っていた清水。

     5月9日には「ごきげんよう」と題したブログを更新し、

    《たくさんコメントいただきました みんなホンマにありがとねー みなさんのシアワセを不整脈な心から祈っております(笑)それでは ごきげんよう!》
    《尚、数日でこのブログは閉鎖いたします》

     とも綴った。

    「彼のゴルフ雑誌『EVEN』の連載は終了など発表されておらず、自身がオーナーを務める東京都内のカフェやアパレルショップなども引き続き営業するようです。

     最近も大阪府内に新店舗をオープンさせるなど、ビジネスは軌道に乗っているようです。

     自身の好きなことに重点を置き、テレビ出演など表舞台の活動からは身を引くということでしょう」(前出・芸能記者)

     所属事務所の吉本興業に問い合わせると、「個別の契約についてはお答えしておりません」との回答。清水の芸能界引退や事務所の退社については否定しなかった。

     2021年に60歳を迎え、清水は第2の人生を歩みだしたようだ。

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    上島竜兵さん「いつも俺のそばにいてくれ」月30万仕送りで不遇時代支えた有吉への愛


    上島竜兵さん「いつも俺のそばにいてくれ」月30万仕送りで不遇時代支えた有吉への愛
    …5月11日、お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さんが、61歳という若さでなくなった。 突然の死に上島さんを偲ぶ声が広がるなか、SNS上では上島…
    (出典:女性自身)


    有吉 弘行さんを起用】”. プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES. 2022年1月18日閲覧。 有吉弘行 『お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ「生き残りの法則50」』 双葉社、2012年。  - 加筆・訂正の
    78キロバイト (11,610 語) - 2022年5月11日 (水) 08:41


    5月11日、お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さんが、61歳という若さでなくなった。

    突然の死に上島さんを偲ぶ声が広がるなか、SNS上では上島さんと親交の深い有吉弘行(47)を慮る声が上がっている。

    「志村けんさん(享年70)やダウンタウンが、後輩芸人を引き連れて食事に行く姿に憧れていた上島さんは、同じ所属事務所の後輩芸人を誘って『竜兵会』を結成。その会には土田晃之さん(49)や劇団ひとりさん(45)らが参加しており、有吉さんはその中心メンバーです。年上ながらも謙虚な上島さんの人柄は、たくさんの後輩から慕われていました。

    昨年8月には上島さんの還暦を祝してトーク番組で特番が企画され、『竜兵会』メンバーが集いました。ですが最近はコロナの影響もあり、『竜兵会』は開かれていなかったみたいですね……」(テレビ局関係者)

    4月27日放送のNHKラジオ『タカアンドトシのお時間いただきます』では、ゲスト出演した上島さんが『竜兵会』に触れる一幕があった。発足当時の有吉を振り返り、「猿岩石でヒットした後、仕事が全くない時だった」と語っていた。

    ■「いつも俺のそばにいてくれ」

    今では数々の冠番組を抱える超売れっ子の有吉だが、現在のような地位を築くまでは紆余曲折あった。

    「’94年に森脇和成さんとお笑いコンビ『猿岩石』を結成し、’96年に『進め!電波少年』(日本テレビ系)のヒッチハイク企画で大ブレイクしました。その後、コンビでリリースした楽曲『白い雲のように』も大ヒット。しかしそのような時期は長く続かず、’04年に解散。有吉さんはそのまま現在の事務所に所属し、ピン芸人として再スタートを切ったのです」(芸能プロ関係者)

    そんな有吉が再ブレイクを果たすまでの“不遇の時代”を、陰ながら支えてきたのは上島さんだった。

    「コンビ解散後、ピン芸人として活動し始めた有吉さんは、『竜さんや出川さんみたいになりたい!』とリアクション芸人を目指していた時期もあったそうです。一方でなかなか芽が出ず、経済的にも困窮していたといいます。そんな時、有吉さんを支えたのが上島さん。

    当時、2人は毎日のように一緒に過ごしていたそうで、上島さんは食事や金銭面でも有吉さんの面倒を見ていました。さらにそれだけでなく、上島さんは『月30万やるから、仕事せずにいつも俺のそばにいてくれ』と有吉さんの存在を必要としていました。そういった励ましがあったからこそ、有吉さんは踏ん張ることができたのです」(前出・芸能プロ関係者)

    ■上島さんの還暦祝いに腕時計をプレゼント

    そんな有吉はメディアに出演した際、しばしば上島さんにまつわるエピソードを語っている。

    「最近でも有吉さんは、『上島さんのことバカにされると、怒りのスイッチが入っちゃう』と話していました。また昨年4月に夏目三久さん(37)と結婚した際も、上島さんにいち早く電話で報告したことを明かしていました。

    “恩人”として上島さんを慕っている有吉さんは、上島さんの還暦祝いに高級腕時計をプレゼントしています。有吉さんのラジオにゲスト出演した上島さんは、その時計を“絶対に失敗できない仕事”の時に着けていると明かしていました。そして『外したらちゃんと箱に入れて枕元に置く』『本当に僕の宝物』と、嬉しそうでした」(テレビ誌ライター)

    今から9年前の’13年4月には、《涙をこぼすのは上島さんの葬式だけ。と決めているのだが、年齢のせいか危うい時がある。。。》とツイートしていた有吉。

    互いに育んだ絆は永遠だーー。

    ■「日本いのちの電話」

    ナビダイヤル:0570-783-556(午前10時~午後10時)
    フリーダイヤル:0120-783-556(毎日・午後4時~午後9時/毎月10日・午前8時~翌日午前8時)

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