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    2022年05月


    藤田ニコル みちょぱのラジオに“猛抗議”&報復検討「うちがメンタル萎えたらどうするの?」


    藤田ニコル みちょぱのラジオに“猛抗議”&報復検討「うちがメンタル萎えたらどうするの?」
     モデルでタレントの藤田ニコルが21日放送のTBSラジオ「藤田ニコルのあしたはにちようび」に出演。みちょぱこと池田美優に〝猛抗議〟した。  事の発端…
    (出典:東スポWeb)


    藤田 ニコル(ふじた ニコル、Nicole Fujita、1998年(平成10年)2月20日 - )は、日本のファッションモデル、タレント、YouTuber。 ニュージーランド出身。オスカープロモーション所属。第13回ニコラモデルオーディショングランプリ。「EMMARY」初代編集長。『ViVi』専属モデル。現在は東京都在住。
    34キロバイト (4,307 語) - 2022年5月15日 (日) 03:05


    モデルでタレントの藤田ニコルが21日放送のTBSラジオ「藤田ニコルのあしたはにちようび」に出演。みちょぱこと池田美優に〝猛抗議〟した。

    事の発端はみちょぱがラジオ「#みちょパラ」(ニッポン放送)で「見たものや感じたものをそのまま口に出しちゃう、超絶素直なキャラクター・ニコちゃんになりきってメールする」という新コーナー「ニコちゃん」を開始したことから。

     この事実をアシスタントから知らされた藤田は「そうなんだ、聞いてないぞ」「おいおいおい、やってくれてますね」とぶ然。「やっぱ〝超絶素直〟としては、これはやり返したいでしょ。だってこれ絶対、うちのこと言うじゃん。『#みちょパラ』のリスナーがうちのことディスるんでしょ? それでさ、うちがさメンタル萎えたらどうするの?」と真面目なトーンで訴えた。 

     その上で「絶対聴こう。ラジコで聴く」と宣言した藤田は、〝報復〟として「〝オジサン転がし〟がうまい、みちょちゃんのように、おじさんが気持ちよくなるような返しを考える」という新コーナー「みちょちゃん」の開始を予告した。

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    木下優樹菜、止まない誹謗中傷に苦しみ「『消えちゃおうかな…』と思う瞬間も」


    木下優樹菜、止まない誹謗中傷に苦しみ「『消えちゃおうかな…』と思う瞬間も」
     インスタグラムのDM上での暴言が大炎上し、’20年7月、芸能界を引退した“ユッキーナ”こと木下優樹菜。その後は“一般人”として2人の娘を育てるシン…
    (出典:週刊SPA!)


    インスタグラムのDM上での暴言が大炎上し、’20年7月、芸能界を引退した“ユッキーナ”こと木下優樹菜。その後は“一般人”として2人の娘を育てるシングルマザーの日々を送っているが、YouTubeやインスタグラムを更新すれば即座にネットニュースとなり、Jリーガーとの熱愛や写真集の発売など、今も芸能人顔負けの活動を繰り広げている。果たして“最強の一般人”木下優樹菜とは何者なのか? 3年間の思いとともに語り下ろした。


    芸能人“ユッキーナ”は、もういなくなりました
    ──これまでを振り返るにあたり、まず伺いたいのが3月に発売した写真集のこと。「禊のヌードで芸能界復帰か?」と憶測を呼びました。

    木下:それ、まったく考えてないです! たまたまオファーをいただいたので、やれることならやってみようとお引き受けしました。ヌードで許してもらおうとか、そんなことではまったくなくて、これまで出してきた写真集と同じ感覚。たしかに「写真集」を出すなんて、一般人じゃないと言われたりもしますけど、テレビのバラエティに出なくなった時点で、自分としては「もう芸能人じゃない」と思ってるので。

    ──“一般人”となった今、生活はどのように変化しましたか?

    木下:言い方が難しいんですけど、謹慎していたとき、娘が「ママがずっと家にいる!」って喜んでくれたんです。お弁当もちゃんと時間をかけて作れるようになったし、一緒に過ごせる時間も増えた。振り返れば、19歳でデビューしてからずっと走り続けて、長女を出産したときも産後1か月で復帰してテレビに出たりしていたので、芸能界を引退して、ようやく初めて子どもとしっかり向き合えたのかもしれません。



    “みんなのユッキーナ”であり続けたかった
    ──ギャルイメージが強い木下さんですが、育児や家事は?

    木下:私、芸能界にいたときからベビーシッターや家事代行って頼んだことなくて、基本的に家のことは全部自分でやってたんです。芸能人夫婦だし、お金で解決すればよかったけど、なんか「“みんなの好きなユッキーナ”は、そんなことしない!」って思っていて。もともと自然体のまま、元ヤン、ギャル、おバカという親近感のあるキャラだったから、そこは変えたくなかった。ただ、頑張りすぎて、一時は産後うつっぽくなったり、ホントはもっと周りに頼ればよかったとも思います。

    ──元ヤン、ギャルというタレントイメージだからこそ、「ちゃんと育児、家事できてるのか?」という偏見は今もあるように思います。元夫であるFUJIWARAの藤本さんが振り回されて、世話を焼いているような印象を勝手に抱いていました。

    木下:当時から「優樹菜は優樹菜だし、ママになったからって、この口の利き方は直すつもりねーし!」と宣言したり、「ママだってミニスカートはいていいじゃん!」と言って軽く炎上したりしてたので、自業自得の部分はあると思います。でも、「おバカタレントのユッキーナも大人になって、『チョリーッス!』も言わなくなったなぁ」なんてイジられていたとき、それも違うなって思ってた。

    たしかに「元ヤンのギャルが、結婚・出産を機に大人の階段を上っていく」ってストーリーはウケがいいのかもしれないけど、別に私は自然体のままだし、なんで他人が描いたストーリーに合わせなきゃいけないんだろうって。結婚だって年の差婚で、「よくぞ結婚した!」みたいに言われたけど、私の中では普通に自分で決めたことだから「よくぞ」も何もなくて、逆に「どういうこと?」って違和感はありました。


    「この人たちは、何を知っているんだろう?」って
    ──本人そのものより、世間のよしとするイメージで見られてしまうのが、芸能人の宿命かもしれません。

    木下:でも、私は昔から言いたいことはそのまま言ってたし、逆に思ってもないことを言うのは無理。そこが“みんなのユッキーナ”として親しんでもらえた理由だとも思ってました。ただ、そういうスタンスで、3年前に自分の軽率な考えをすごく悪い表現、間違った言葉で、送りつけてしまった。それは絶対にいけないことだし、とても反省しています。

    ──実の姉のトラブルということで、感情的になったとしても、あまりにも乱暴すぎました。一方、木下さんが芸能界を引退し、昨年10月にいわゆる“タピオカ騒動”の判決が出てからも、木下さんへの人格否定のようなコメントは根強くあります。いまだに誹謗中傷はありますか?

    木下:めっちゃあります。「見ないほうがいいよ」と言われるけど、やっぱり見ちゃうし、聞いちゃう。個人的に、無視するとかできないタチなのもあるけれど。最近だと、娘と彼(恋人のJリーガー・三幸秀稔氏)と一緒にバーベキューに行ったYouTubeに、「子どもがかわいそう」とか。実際は娘のほうが彼と仲良くて、私がやきもちを焼くくらいなのに、「この人たちは、何を知っているんだろう?」って。



    叩くことで共感する人々。「最後には人、殺せるよ」
    木下:正直、こんな私でも「消えちゃおうかな……」と思う瞬間もあるんです。普段、家族や友人といるときは大丈夫でも、夜中にふと「お前が生きていると、いろんな人に迷惑がかかる。お前は存在すべきじゃない」ってコメントを見たり、思い出して、「ああ、そうだよね。私なんて、いないほうがいいよね」って、心が持っていかれそうになることもあります。そういうとき、娘たちの寝顔を見て「生きないと!」って踏みとどまれたけど、心がポキッて折れちゃうのも、リアルに想像がついてしまう。

    ──“炎上狙い”の記事も、いまだに少なくありません。

    木下:すごくチェックしてくれてますよね。叩けるなら、なんでもいいって感じの記事もあって、破局報道とか100%事実無根でびっくりします。今は一回でも「叩いていいヤツ」って認定されたら、メディアは繰り返し報道するし、それを見た人も「コイツはいくらでも叩いていい」ってなる。

    それで、記事が狙い通り炎上して、私を叩くコメント、これまで何度も見たようなコメントに「いいね」をみんなでつけ合って……それはもう、私という人間とはほとんど関係ない、ただのストレス解消だったり、承認欲求を満たし合うだけの行為に見えてしまう。だから、こんなこと言えた立場じゃないかもしれないし、また炎上するのかもしれないけど、「頼むから、別のところでやって!」って思います。やってるほうは遊びかもしれないけど、最後はマジ、人を殺せるから。


    叩かれて“おいしい”なんてことない
    ──炎上で数字を稼ごうとするメディアと「正しさ」で叩きのめす人たち。写真集のタイトル「CORRECT(正解)」は意味深長ですね。

    木下:この2~3年で「正解って何だろう? 正しさって何だろう?」と、すごく考えました。もちろん自分の反省すべきところから始めて、自分なりに向き合ってきたつもりです。でも、一部のコメントには「これって自分の思う“正解”を投げつけているだけじゃない?」と思うこともありました。ただ、私がそれを口にすれば「言い訳」と叩かれる。写真集も「露出が足りない」という声があって、期待外れに感じた人もいたみたい。でも、「やらかしたヤツなんだから、全部見せろ!」というのは、“正しさ”なの? 私は30代の今できることをやったつもりだし、もしここで全部脱いだら脱いだで、「母親なのに」って叩く人もいるでしょ。

    ──「有名税だ」「叩かれているうちが花」という意見もあります。

    木下:本当にそう思っているなら、これだけは言わせてほしい。叩かれて“おいしい”なんてことないから!

    ──現在、木下さんは会社を立ち上げて、新しい恋人もいます。子どもが小さいうちはシングルマザーの恋愛のハードルは高いといわれますが、同じような境遇の人からは、どういう声が届いていますか?

    木下:賛否両論です。「ユッキーナを見て、私も頑張ろうって思えた」と応援してくれる人もいれば、「チャラチャラして」と叩く人もいます。でも、それが普通だし、それでいい。ただ、私は「ママだって自分を磨いてもいい。もし支え合える恋人が欲しかったら、諦めないで一緒に頑張ろう!」というメッセージは送り続けたいと思っています。



    今の私の肩書は「木下優樹菜」
    ──恋人である三幸さんとお子さんの関係も良好に見えます。

    木下:彼には真っ先に「絶対に子どもを優先する」と言いました。あと、「木下優樹菜と付き合うって、どういうことかわかってる?」とも(苦笑)。子どもの虐待とか辛いニュースも多いし、私と付き合うリスクは私自身が一番わかってるし、やっぱりそこはめちゃくちゃ慎重になりました。特に、子どもとの関係はバイブスが超大事だと思っていて、そこが合わなかったら恋愛も諦めようと覚悟していた。

    まずテレビ電話から始めて、徐々に距離を縮めて、周りの人にも意見を聞いて。その結果、さっきも言ったように、今では私より娘のほうが彼と仲が良いくらい。私が学校に迎えにいくと、真っ先に「今日は、みゆたんは来ないの?」って聞かれます。もう娘と彼に感謝しかないです。

    ──ゆくゆくは結婚も視野に?

    木下:今は結婚とか、家族の形にこだわっていないです。「ずっと一緒にいられたらいいね」って話していて、彼も賛成してくれているので。

    ──では、最後にもう一度だけ聞かせてください。木下優樹菜は、本当に“一般人”になったのですか?

    木下:彼に覚悟させてる時点で、客観的には一般人でないのかもしれません……。でも、芸能事務所に所属したり、バラエティに出たりすることは、もうない。思ったことをストレートに言う私のキャラは、今は通用しないと思います。テレビに出ていた頃の“みんなのユッキーナ”には戻れない。それに芸能人って、なかなか辛い。娘の写真を勝手に撮られたので、「子どもはよしなよ」って言ったら、態度が悪いって炎上したり。

    だから、あえて言うなら、今の私の肩書は「木下優樹菜」。こんな私でもやれることがあるなら、そこに全力で応えていきたい。世間から抹殺したかった木下優樹菜がしぶとく生き残ってるって、ムカつく人もいるだろうけれど、それも含めて、最終的には私の人生だから。最近、娘が「ママ、めっちゃ楽しそうだし、ママが笑ってるとハッピーだよね」と言ってくれたことが私のすべて。今はホント、そんな感じっす!

    【Yukina Kinoshita】
    ’87年、東京都出身。『クイズ!ヘキサゴンⅡ』(フジテレビ)などのバラエティや女性ファッション誌で活躍し、’10年にFUJIWARA・藤本敏史と結婚。2女をもうけるが、’19年に離婚。現在は自身の会社を立ち上げ、スキンケア商品などのプロデュースも行っている

    撮影/E-WAX(MATT.) 取材・文/アケミン 構成/宮下浩純 スタイリング/森本裕治 ヘアメイク/COBA  衣装協力/MOUSSY LAGUA GEM EVRIS

    ※5/10発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』より

    ―[インタビュー連載『エッジな人々』]―


    日刊SPA!




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    ジャニーズJr.佐々木大光、JKストーカーに刃物で脅されたあとブログで発していた“切実すぎるSOS”


    ジャニーズJr.佐々木大光、JKストーカーに刃物で脅されたあとブログで発していた“切実すぎるSOS”
    …「逮捕されたのは17歳の女子高生です。警察の調べに“彼のことしか考えられなくなった”と話しているそうです」(全国紙記者)  ジャニーズJr.のグルー…
    (出典:週刊女性PRIME)


    佐々木 大光(ささき たいこう、2002年5月20日 - )は、日本のアイドル、歌手、俳優。ジャニーズJr.内グループ7 MEN 侍のメンバー。 東京都出身。ジャニーズ事務所所属。 元ダンスをやっており、同じダンスコンテストに出ていた髙橋海人が『ザ少年倶楽部』に出演しているのをたまたま観て「俺も
    11キロバイト (1,148 語) - 2022年4月26日 (火) 13:08


    「逮捕されたのは17歳の女子高生です。警察の調べに“彼のことしか考えられなくなった”と話しているそうです」(全国紙記者)

     ジャニーズJr.のグループ『7 MEN 侍』(セブンメンさむらい)のメンバー・佐々木大光(たいこう)にストーカー行為をしていたとして5月18日、横浜市の女子高生が逮捕された。

     4月1日~5月8日、東京都渋谷区の路上で4回にわたり佐々木さんに付きまといをしたほか、「腕を掴んだり声をかけたりした」と報道されている。4月30日には、JR渋谷駅構内でカッターナイフを突きつけ脅迫。2021年4月から被害に遭っていた佐々木は今月に入り、渋谷署に被害届を提出していたという。

     2019年にはHey! Say! JUMPの中島裕翔へのつきまとい行為で逮捕者が出たり、関ジャニ∞の大倉忠義がブログで《執拗に追いかけてくる》《カバンの中にモノを入れられたり 突然手を繋がれたり》といった被害を告白したこともあった。

    「今も昔もジャニーズタレントをストーカーする暴走ファンはいました。なかでも特にJr.は送迎車がつくわけでもなく、電車移動も多いためファンに付きまとわれやすい。佐々木クンも同じ電車に乗られたそうですよ。

     彼が被害を訴えた渋谷署はレッスン場のあるジャニーズの社屋があったり、Jr.が出演する『ザ少年倶楽部』の収録が行われるNHKホールも近い。出待ちに遭いやすい場所ですね。つきまといをした女子高生は“路上で一目惚れした”と警察に話していたそうですが、のちに彼がジャニーズだということは知ったでしょう」(アイドル誌編集者)



    ブログに綴る「生きてくれてありがとう」
     約1年にわたっての被害かつ、刃物で脅迫されるという恐怖体験をした佐々木。突きつけられている間、「ごめんなさい。もう行かないから気にしなくていいよ。これで悩む必要なくなるね」と言われていたという。

     SNS上にはファンの心配の声が次々と投稿され、「大光大丈夫」というワードがトレンド入りすることに。ファンの女性に佐々木について聞いてみた。

    「『少年倶楽部』で見た高橋海人(King & Prince)のJr.時代をテレビで見て憧れたことがきっかけで履歴書を送りました。5歳のときにダンスを始めていて、ドラムも得意。自由奔放な振る舞いをすることから、“狂犬”の愛称で親しまれています」(佐々木のファン)

     ストーカー被害に遭っていたと報道されたあと、彼女が感じたこととは……。

    「彼が更新しているブログがあるのですが、毎度のように彼は《生きてくれてありがとう》と書いてくれるんです。辛い日々だったにも関わらず、ポジティブな言葉を発信してくれていたと思うと心が痛いです……。

     事件のあとも1週間何をしていたかを列挙する投稿していました。今見返すと、4月29日と5月1日の間の30日だけ、カッターで脅されたあの日のことだけ、何も書かれていなかったんです。SOSに気づいてあげられなかった。今はただ、生きててくれてありがとうという気持ちだけです」(同・ファン)

     佐々木とファンが笑って過ごせる日が早く訪れるといいのだが──。


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    少年隊・錦織一清「東山紀之の連絡先は知らない」本当のメンバー仲とジャニーさんからの金言


    少年隊・錦織一清「東山紀之の連絡先は知らない」本当のメンバー仲とジャニーさんからの金言
     1980年代に歌とダンスで多くの人を魅了した『少年隊』。メンバーのひとりとして活躍した錦織一清は、当時の熱狂をこう振り返る。 「僕は東京の下町育ち…
    (出典:週刊女性PRIME)


    錦織 一清(にしきおり かずきよ、1965年5月22日 - )は、日本のダンサー、歌手、声優、俳優、タレント、演出家で、男性アイドルグループ「ジャニーズ少年隊」を経て「少年隊」のリーダー。愛称は、ファンからは「ニッキ」、メンバー内では「ニシキ」。 東京都世田谷区赤堤の出身、3歳から東京都江戸川区平
    73キロバイト (8,852 語) - 2022年5月15日 (日) 14:36


    1980年代に歌とダンスで多くの人を魅了した『少年隊』。メンバーのひとりとして活躍した錦織一清は、当時の熱狂をこう振り返る。

    「僕は東京の下町育ちのいわゆる江戸っ子。女性ファンの声援はすごく喜ばしいことですけど、どこか俯瞰して見ていましたね」

     12歳のとき、姉がジャニーズ事務所に履歴書を送ったことでエンターテイメントの世界に入った錦織。'81年にジャニー喜多川さんの呼びかけで植草克秀、東山紀之との3人のグループが結成される。



    ジャニーさんからはダメ出し続き
    「当時、レコードデビューはもちろん『少年隊』としてどんな活動をしていくかもまったく決まっていなかった。それにもかかわらず、フジテレビの音楽番組『夜のヒットスタジオ』に出演の話が持ち上がったんです。番組プロデューサーと打ち合わせをしたときも“レコードを出していない歌手を出すなんて前例がない”と難色を示されました。もし、あのときOKをもらえなければ、今の僕らはなかったかもしれません」

     周囲の期待に応えるように'85年にリリースした『仮面舞踏会』は、デビュー曲にもかかわらずオリコンチャートで初登場1位を獲得。翌'86年から青山劇場で少年隊の主演ミュージカル『PLAYZONE(以下、プレゾン)』が始まるなど、着実にスターダムを駆け上がっていく。

    「プレゾンはジャニーさんと事務所主導だったので、僕らがこんな曲を使いたい、こんな役にしてほしいといった要望は反映してもらえました。毎年1回、1か月間の公演を23年間青山劇場でやらせていただきました」

     師であるジャニーさんからは、ダメ出し続きだった。

    「全然褒めてくれませんでした。外では“少年隊は自分の最高傑作”と語ってくれたそうですが、僕らの前で決して言わなかったのが、なんか信憑性があるなとも思います。ジャニーさんが“タレントは年齢を重ねるごとに、ちやほやされて耳触りのいいことを言われるから、勘違いするんだよ”って言ってくれたことは今でも覚えていますね。それもあって、日頃から漠然と仕事をしているとファンの心を弄ぶことになってしまうなとも思っていました」

    真摯に芸能活動を続けていた錦織。演劇に深く関わり続けた縁もあり、数多くの名作戯曲を生み出したつかこうへいさんに見いだされて'99年には『蒲田行進曲』の主役に抜擢される。

    「つかさんの舞台は出合う前から好きでした。あの人の舞台は、稽古のときから常に全力なんです。何度も同じセリフを大声で繰り返すので、激しい稽古でしたよ。この経験が芸能人としての分岐点のひとつだったと思います」



    少年隊のリーダーはジャニーさん
     日本のショービジネスの大物2人の教えを受け、演劇に関する思いを強めていった錦織。次第に、ジャニーさんから舞台演出の仕事も任されるようになる。

     その一方で、'08年には少年隊主演のプレゾンが終了するなど、グループとしての活動は縮小していったが、この方針転換は“織り込み済み”だったようだ。

    「ジャニーさんは結成当時から“少年隊はグループじゃない。ゆくゆくはひとりひとりで、活動できなきゃダメだ”と言っていました。僕らは仲がよかったとかではなく、ジャニーさんのセンスで集められたところから始まっていますしね。最初から、それぞれが別々に活動する構想だったんですよ」

     そもそも『少年隊』というグループは、ほかのアイドルとは一線を画していた。

    「よく『少年隊』のリーダーは自分だと言われますが、正しくはジャニーさん。グループの活動はジャニーさんや事務所主導で決められていました。だから、僕ら3人で集まってミーティングをしたり、活動方針を決めたことは0回。後輩の『V6』や『嵐』たちはメンバー同士で話し合って活動方針を決めたりしていましたが、僕らはなかったんです」

     それぞれの道を歩み続けた3人。彼らをつなぎ留めていたジャニーさんは'19年にこの世を去ってしまう。

    「ジャニーさんから任された舞台の仕事があったので、事務所にも所属し続けていました。でも、ちょっと辞めるのが遅すぎたかなと思っています。プレゾンは40歳の半ばまでやらせてもらいましたが、どうして『SMAP』のような後輩に譲らなかったんだろうって気持ちもありました」

    '20年末、植草と同時期にジャニーズ事務所を退所。『少年隊』というグループ名は事務所に残ることになり、現在も“解散”はしていない。'25年には、デビュー40周年の節目を迎えるが─。

    「植草とはYouTubeで共演するなど前よりは会う回数が増えてきましたけど、あと1名(東山)に関してはずっと自宅も連絡先も当時から知らないので(笑)。まず、連絡先を入手するところから始めないといけませんね」

     独立後は、これまでの経験を活かして演出家としての活動に集中するようになった。



    「今が人生で一番幸せ」
    「役者として仕事をしているときは注目されませんでしたが、演出家として活動を始めたらドキュメンタリー番組のオファーが来たりしましたね。僕はタレントの顔も持っていますから、舞台の宣伝としてテレビやラジオに呼ばれたりします。でも、演出家として活動しているときのほうが、メディアに多く出させていただいているので、面白い現象だなって思っています」

     今後も、つかさん原作の『飛龍伝2022~愛と青春の国会前~』や、自身が脚本を手がけた『サラリーマンナイトフィーバー』の上演を控えるなど、舞台演出家として多忙な日々を送っている。

     ジャニーさんとつかさん、2人の教えを継承する気持ちを聞くと、

    「完全な継承はできないと思っています。2人とも無趣味で、起きてから寝るまで芝居や舞台のことばかり考えていました。僕も芝居は好きですけど、休みの日はゴルフとか行くわけですから勝てっこないんですよ。ただ、2人と知り合って得た“かけら”が残って融合したものが、僕の演出のスタイルになるのかな。それをこれから楽しもうかなと思っていますね」

     改めて舞台の魅力を聞くと“ごまかしが利かないこと”を挙げた。

    「舞台はCGも使えないので、テレビや映画と違って素朴ですよね。僕の中では“これだけ練習したんだ”って、胸を張って言えるものをお見せしないと失礼じゃないかと思っていますから」

    “いい芝居でお客さんを喜ばせる”ことに専念する日々。彼はそんな今が、人生で一番幸せだと語る。

    「前からフリーランサーになりたかったんです。事務所に所属していると自分で仕事を決められませんから。人間、やりたくないこととの付き合い方を考えていけばいいんじゃないですかね。僕はやっぱり下町の江戸っ子気質なところがあるから、今になってそういう部分が出た気がします」

     2人の恩師に導かれ、アイドルから演出家と幅広いステージを駆け抜けてきた錦織。“人生”というステージはまだまだ続くようだ。





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    「4630万円」誤給付、無職の24歳男を逮捕…電子計算機使用詐欺容疑


    「4630万円」誤給付、無職の24歳男を逮捕…電子計算機使用詐欺容疑
     山口県阿武町が新型コロナウイルス対策関連の給付金4630万円を誤って振り込んだ問題で、給付金の一部を自分名義の口座から決済代行業者の口座に振り替え…
    (出典:読売新聞オンライン)


    山口県阿武町が新型コロナウイルス対策関連の給付金4630万円を誤って振り込んだ問題で、給付金の一部を自分名義の口座から決済代行業者の口座に振り替えたとして、同県警は18日、阿武町福田下、無職田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕した。「ネットカジノで使用するため、別の口座に移して使った」と容疑を認めているという。

     県警の発表では、田口容疑者は自分名義の銀行口座に町から振り込まれた4630万円が、町のミスで入金されたものだと知りながら、4月12日、自分のスマートフォンを操作してオンライン決済サービスを利用し、自分名義の口座から決済代行業者の口座に400万円を振り替えた疑い。

     田口容疑者は代理人を務める弁護士に対し、「お金は海外の数社のネットカジノで全部使った」と説明していた。

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